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さらばサハ201

2008年12月13日 22:00

t201.gif
昨日の量産車第45編成の廃車回送により、JR東日本所属のサハ201が全車引退となりました。ここでサハ201のなかでも特徴的な車輌を振り返ってみたいと思います。
最初にサハ201が登場したのは、1981年1月、東急車輌製造で落成したサハ201-1・2で廃車直前までT1(T101)編成に組み込まれていました。
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サハ201-1            サハ201-2

サハ201-3・4は東急車輌製造で1981年10月に落成しました。

5輌目・6輌目のサハ201となったサハ201-3・4は中央線快速に最後まで残った貫通編成のT2(T102)編成に組み込まれていた車輌で、1981年12月に日本車輌製造で落成しました。
t201-5-k.jpgt201-6-k.jpg
サハ201-5             サハ201-6
IMG_6941.jpg先頭のクハ201-19もスカートに特徴のある車輌でした。
その後順調に貫通編成の数も増え、それに比例してサハ201の数も増えていきました。

1983年3月にサハ201-56とともに近畿車輛で落成したサハ201-55は実験に使用されため、旧大船工場へ搬入されました。離脱直前までは、T16編成に組み込まれていました。
t201-55.jpgt201-56.jpg
サハ201-55           サハ201-56         

先週廃車回送されたサハ201-59・60は1983年3月に東急車輌製造で落成しました。
t201-59c.jpgt201-60c.jpg
サハ201-59           サハ201-60            (ともにT30編成時代)
t201-59.jpgt201-60.jpg
サハ201-59           サハ201-60            (ともにケヨ74編成時代)

そして、JR東日本に最後まで残り、快走を続けたサハ201-63・64。この2輌は1983年2月に日本車輌製造で落成しました。
t201-63-k.jpgt201-64-k.jpg
サハ201-63           サハ201-64            (ともにT32編成時代)
t201-63k.jpgt201-64k.jpg
サハ201-63            サハ201-64           (ともにケヨ70編成時代)

サハ201-69~100まではJR西日本の所属となり、現在も大阪環状線でオレンジ色になって活躍しています。

最初にサハ201-1・2が落成してからサハ201-63・64が廃車回送されるまで、約27年2ヶ月、サハ201は走り続けました。今まで本当にお疲れ様でした。そして本当にありがとう!!

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